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心にうつりゆくそぞろごと
「心にうつりゆくそぞろごとを、そこはかとなく書きまぎらわしたるもの」を紹介しようと思い立ちました。
徒然草のごとく「日くらし硯に向かう」ほど暇ではありませんが、「心にうつりゆくよしなしごと」よいうか「そぞろごと」は、いくつも現れてきます。医学書を作るよりもこの方が人間味のある文になるのではないかと思います。
しばらくは「私の心にうつりゆくそぞろごと」とおつき合い下さい・・・

  第166段:山の中で溺死  

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数年前のことです。
夜の10時半を過ぎた頃に警察から死体検案の要請がありました。
大都市と異なり私の住んでいる田舎では、病気以外の不審な死亡者の死亡原因を確定するために開業医が呼び出されることがあります。
夜の町でお酒を飲んでいるところに電話が入ったので、タクシーを呼び運転手に行先を言うと「そりゃどの辺りですか?」と聞かれ、道案内をしながら約20キロメートル以上離れた現場へと向かいました。
車を降りるときに帰り道を運転手に指示した後、警察の鑑識の方々と検案を開始しました。
標高300メートルくらいの山の中での溺死でした。

水道のない地区ですから山からの湧き水で生活をされていたようです。
その日、水源からのパイプが外れて水が家まで届かなくなり、修理に出かけたところでケイレンの発作が起こり、倒れたところが水溜りで水を吸い込み溺死されたようでした。

近所の人たちも時々ケイレンで倒れられるのを目撃されていましたし、受診していた病院との連絡でも薬の飲み方が不規則だあったことが判明しました。
独居の50才代の男性でたまたま肉親が彼の自宅を訪問した日の出来事でした。
訪問がなければ発見がさらに遅れていたでしょう。

死体検案が終わった頃には午前1時近くでした。
お酒の酔いも消え、疲れが襲ってきました。
警察の車で送っていただきながら車中、「水道がついていれば・・・・」と田舎の悲しさに思いをめぐらせていました。
訪問診療をさせていただく山間部のお宅には現在も上水道はもとより簡易水道もありません。
都会の方々には信じられないような生活がここにはあります。自然の中でうらやましいという言葉はよく聞きますが、現実の生活はやはり厳しいものです。

今年も雨の少ない夏ですが、山水を利用している患者さんが風呂の水が確保できないと話されているのを聞き、水道の水の話から山の上での溺死の話を思い出しました。

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