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心にうつりゆくそぞろごと
「心にうつりゆくそぞろごとを、そこはかとなく書きまぎらわしたるもの」を紹介しようと思い立ちました。
徒然草のごとく「日くらし硯に向かう」ほど暇ではありませんが、「心にうつりゆくよしなしごと」よいうか「そぞろごと」は、いくつも現れてきます。医学書を作るよりもこの方が人間味のある文になるのではないかと思います。
しばらくは「私の心にうつりゆくそぞろごと」とおつき合い下さい・・・

  第243段:診察室での交流  

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「雪折れの 枝も逆さに 芽吹きより」1996年に1回目の脳梗塞で歩行や発語が不自由になり、2000年の2回目の脳梗塞発作で症状が悪化した75歳の男性の俳句です。

診察が一通り終了すると私から「今日の一句は?」と促さないと俳句が出てこない日もありますが、いい句ができた日には診察前に「今日の一句を披露しますよ」と自ら声を出されます。
時には「その一句 思い浮かばぬ 時もあり」などという声が響き診察中に思わぬ笑い声が出てしまいます。

さすがに2度目の脳梗塞発作の後からは言葉も途切れがちになり、2度3度と俳句を繰り返していただいてカルテに書き取る日も。
ご本人は「川柳ですよ」と謙遜されますが、時間がある日には俳句の季語や使う漢字を丁寧に説明していただきます。
「これもリハビリですからね」と話しながら季節感あふれる楽しい診療をしています。

診察室の中で聴診器を使ったり、体を診るばかりが診察ではありません。
世間話をしているように見えても、実際は様々な角度から患者さんの様子を診ています。
急性の自覚症状が多い病気の治療が主体であった時代から、慢性で自覚症状の乏しい病気の管理が主体の治療になると、身体的な異常の観察だけでなく、例えば俳句の題材に何を選ばれるかで、周囲の変化をどの程度細かく認識しているかの参考になりますし、重大事件が話題にならないというのは世間への関心が薄れた証拠と考えます。

小児でもいつものおもちゃを持ってくる時は調子がよい証拠ですし、診察室の中のおもちゃに手が出なければどこか不調だなと感じてしまいます。
診察の合間にあや取りをしてみたり、テレビのキャラクターのおもちゃで遊んだり様々な方法でコミュニケーションをとっています。

生活習慣病と呼ばれるグループの病気は患者さん個人個人の生活習慣を知らなければ療養上の指導が上手にできません。
実行不可能な生活習慣を要求してもよい結果は得られませんし、人生のすべてを病気療養のために費やすのはいやだという方もあります。
昔に比べ医師と患者さんの関係は上下関係のような状態から、お互いが対等で水平関係のような状態になりました。

自分の人生をどのように過ごしたいかということを主張されることが自然になってきました。
しかし、専門知識をもった玄人と素人が同じ土俵で相撲が取れないのと同じで、医師と患者の間のバランス感覚を忘れてしまうと、
「医師というだけで偉そうにしている!」とか
「素人のくせに生意気だ!」という誤解や行き違いが生まれてきます。

診察室も待合室も交流の場としての機能が必要だと考える私は、診療中も白衣を着ることはほとんどなくシャツにネクタイ姿です。
診察室とは何をするところだろうかと考えることがありますよ。

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