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心にうつりゆくそぞろごと
「心にうつりゆくそぞろごとを、そこはかとなく書きまぎらわしたるもの」を紹介しようと思い立ちました。
徒然草のごとく「日くらし硯に向かう」ほど暇ではありませんが、「心にうつりゆくよしなしごと」よいうか「そぞろごと」は、いくつも現れてきます。医学書を作るよりもこの方が人間味のある文になるのではないかと思います。
しばらくは「私の心にうつりゆくそぞろごと」とおつき合い下さい・・・

  第250段:時間外や深夜の応対  

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ある冬の寒い夜の午前4時頃「先生、1時間ほど前に電話したときに『すぐにお伺いします』といわれたのですが?」と不安そうな家族の声、「うぅっ??」と記憶をたどると午前3時頃に「主人が腹痛で往診して欲しいのですが」という依頼の電話があったのを思い出しました。
寝ぼけたままで「すぐにお伺いします。」と応えてまた寝込んでしまったのでした。患者さんのお宅までは距離にして2.5kmほどですから普通の私の行動ならどんなに遅くても20分ほどで到着できます。
待っておられたお宅では私が往診途中での交通事故でもと考えての電話だったようでした。

「ごめんなさい、電話を受け取ってからまた寝込んだみたいですね、すぐにお伺いします!」ベッドのそばに電話機を置いていたために半分寝たままで応対したのが失敗の原因でした。
往診してみると症状も軽く、救急車を呼ぶとか入院などの必要もない状態でしたので丁重にお詫びをして患家をあとにしました。
その患者さんはその後数年間、脳梗塞で入院されるまでは私のところで定期的に診療を受けておられましたし、家族も引き続いて受診されていましたので、この1件で私が医師としての信頼を失うということはなかったようです。
この失敗以後、電話は部屋の端に置いて必ずベッドから離れて電話の応対をするようになりました。

深夜の往診依頼の電話は最近減る傾向にあり、めったに急な往診に出かけることもなくなりました。
休日や深夜に急病が発生したときに、医師が1人で患家に赴き往診カバン1個の中の道具や検査機器ではたかが知れていると考えられ、いきなり救急車や家庭の車で救急病院を受診というケースが増えているのでしょう。
(加えて、在宅で最後を迎えたいという希望の方々の診療を除くと、さまざまな入所施設のできた介護保険導入後は往診や訪問診療の回数が格段に減りました。)

されど、医師の往診カバンの中身は決して侮れません。
血圧計や聴診器、ペンライトやハンマーだけでなく、最近は血液中の酸素濃度測定器や、血糖値のみならず数項目の血液生化学検査が実施できる機械とか超音波検査が往診先でも可能となる小型の検査機器が登場しています。
腕の良い医師になると手に持つことのできる機械に加えて簡単な検査や些細な徴候からかなり詳しい診断が可能なことも事実です。
往診カバンの中に病院を1軒丸ごと入れることはできませんが、意外と往診でもハイテク診療ができるということも知っていてください。

ここ数年は、電話の代わりに電子メールが届きます。
急ぎの用でなければ電話のように即答しないで済むので便利と考えもっぱら活用しています。
特に携帯電話の電子メール機能は簡便さに優れているために時間を問わずにメールが来ます。
会社を定年退職した男性が早朝に不整脈が出て心配だと入院中の耳鼻科病棟から私の所に電子メールを送信とか、喘息で小児期からら診ていた患者さんが19歳で出産したときは1時間前に赤ちゃんを分娩しましたとメールをくれたのはなんと午前2時でした。

他にも子どもの発熱や下痢の応対を聞いて来る若いお父さんやお母さんもいます。
昨年あたりからはカメラ付き携帯電話が普及したために、子どもの下痢便を撮影して送信してくる親や、にきびやアトピー性皮膚炎の皮膚の状態を撮影して送ってくる患者さんもいるようになりました。

電話も電子メールも使用する人は自分が使用している時間は相手も起きているという前提で使用される傾向があるために医師の私は寝る暇もなくなる場合があります。
高齢者では夜の10時は深夜にですからその頃悪くなれば朝まで待たれます。
若い人はまだ宵の口と昼間とほとんど同じ感覚でメールや電話をしてきます。
朝になると高齢者は起き出しますから夏は午前5時頃から電話がかかることもあります。
朝の5時、6時、7時の前後10分にかかる電話は、前夜から病状が悪かったのにもかかわらず朝まで待っての電話ですから比較的緊急を要する用件が多いのです。
電話に出る前に覚悟を決めて応対します。

前夜から腹痛を我慢していた高齢の女性を午前6時頃の呼び出しで往診したときには虫垂炎(いわゆる盲腸炎)が既に破裂していて腹膜炎になっており、1ヶ月の入院になったこともありました。
かかりつけの医師に迷惑になると深夜の電話を控えたのが結果として長期の入院になりました。

自分の生活時間帯と同じ生活パターンで他人も生活していると思い込んではいませんか?
夜間や休日の電話は留守番電話にしている医療機関も少なくありませんが、私のように在宅患者さんの診療を担当していると365日24時間勤務の状態です。
家族を動員してのサービスですが、どこからもその費用負担はしていただけません。
のんびりやっているように見える開業医も結構厳しいのです。

東京ビルヂング「カルテの落書き」から

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