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| 第254段:ボケているのかな |
診察室での会話では「先生、今日も出かける前に眼鏡を置いたところを忘れてあちこち探し回りました。近頃さっぱり記憶力に自信が持てません。ボケたのでしょうか?」などと質問される患者さんが毎日のように現れます。
数ヶ月に一度は同じ質問を繰り返される方もありますので、私のほうの答えも同じになり「大体ボケていることを気にしている人はボケていなくて、ボケている人は自分がボケていないと言い張る傾向がありますので、ボケを心配して受診する人にはボケは少ないのですよ」と答えて安心していただくことにしています。
先日「私はボケて死にたいので、ボケるようにしてくれませんか?」とお願いにこられた患者さんがありました。
理由を聞いてみると私にも妙に納得できるのです。
「自分がボケて周囲の状況が理解できなくなってしまえば別に恥ずかしいこともないでしょ。子供たちもボケたからといって早めに適当な施設にでも放り込んでくれれば手間がかからないのでいいですよ。二日酔いで頓珍漢なことをしたり、恥をかくようなことをしてもそのときは平気ですよね。後で素面に戻ってから自分の失敗を聞かされると隠れたいことがしばしばだけど、ボケは治らないからその恥ずかしさを経験する心配がない。それに死ぬという恐怖感が理解できなくなるから毎日が極楽トンボのようになるのでしょ?ガンや心筋梗塞みたいに痛い思いをすることもないし、なまじ頭がはっきりしていて全部がわかると返って辛いのです。明日生きているかどうかの不安感を味わうのはごめんです。いろんな方の最後を聞かせてもらったり見たりしたけど、ボケているのがどうも気楽そうでいいのです。家族は大変そうだけど本人はいい気分に見えましたからね。子供たちだって随分面倒を見てやったから少しぐらい親がボケて辛い思いをしてもそれくらいは我慢してくれますよ。とにかく自分が困らないのだからそれでいいです。ボケるように面倒見てください。」と話されました。
私の答えは「ボケたいのなら長生きしてください。長く生きるとアルツハイマー病になる確率が高くなります。ガンや心筋梗塞、脳梗塞などにならないように生活習慣病の注意点を守ることがポイントでしょう。」と答えました。
実際に1975年の調査では日本人の痴呆は脳血管性痴呆と呼ばれる脳梗塞や脳出血の後遺症としての痴呆が多かったのですが、1995年の同じ調査ではアルツハイマー病が著明に多くなり、その原因は高齢者が増えたことと脳血管障害と呼ばれる脳梗塞や脳出血が減少したことにあるようです。
アルツハイマー病は最近になって知られてきた病気のように感じられるかもしれませんが、約100年前にドイツの医師アルツハイマーが報告した病気です。
アメリカ合衆国の大統領であったレーガン氏もこの病気で現在療養中であることはご存知の通りです。
今までできていた仕事ができなくなったり、簡単な計算の間違いが増えたり、時間や場所の感覚が不確かになったり、記憶があやふやになったりやる気がなくなったりするなどの症状から気が付きますが、痴呆に気づかれないような会話法や生活のテクニックをマスターされているのでアルツハイマー病が進んでいることに気づかないことが多いのです。
私たちは診察で痴呆の兆候があるとご家族に「痴呆の兆候が現れていますので家庭生活でも援助をしてあげてください。」とお願いするのですが、家族の方は以前と余り変わりない受け答えと感じておられますので、にわかには受け入れられません。
ボケ症状を何度も体験すると「親を見ていて情けない。」とか、「あんなにだらしなくなるなんて。」などという感想とともに、「親を思わず叩いてしまいました。」とか「怒鳴っても反応がないので自分のほうが泣き出しました。」という話も出てきます。
学習能力を持つ子供には叱る、指導することなどの効果があるのですが、高齢者の痴呆は日々進行して学習することができないので叱ることも教えることも無意味です。
過去に体験したことを思い起こさせ、自身を取り戻させて共に生活することが求められています。
約束を忘れたことに気が付く内は約束をしたことを覚えているのでまだ問題ありません。
眼鏡を忘れたことも「ど忘れ」ですから痴呆ではありません。
老化が始まり様々な抑うつ症状による痴呆恐怖の方々がボケてはいないかと不安になっているだけのことが多いようです。
死の恐怖から逃れるためにボケたいと願う方もあります。
みんなに迷惑を掛けたくない。
人生の最後をかっこよく決めたいという願望が強くてボケを嫌っていませんか?
生活習慣病の管理もせずに苦しんで死ぬより、長生きしてボケるのも選択肢の一つですが。
東京ビルヂング「カルテの落書き」から