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心にうつりゆくそぞろごと
「心にうつりゆくそぞろごとを、そこはかとなく書きまぎらわしたるもの」を紹介しようと思い立ちました。
徒然草のごとく「日くらし硯に向かう」ほど暇ではありませんが、「心にうつりゆくよしなしごと」よいうか「そぞろごと」は、いくつも現れてきます。医学書を作るよりもこの方が人間味のある文になるのではないかと思います。
しばらくは「私の心にうつりゆくそぞろごと」とおつき合い下さい・・・

  第267段:ニュースに流れた治療法  

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「犬が人に噛み付いてもニュースにならないが、人が犬に噛み付けばニュースになる」と古くから言われていますが、似たような話が医師の間にもあります。

「手術が成功したことがニュースになるような手術は受けたくない」とか
「手術が失敗したことがニュースになるような手術は是非受けたい。」と感じている医師が少なくないということです。

3つの話に共通しているのは珍しいことがニュースになるということです。

手術が成功したことがニュースになるということは患者さんにとっては希望の光ですが、そのような手術が頻繁に行われていない証拠ですし、手術の安全性が完全に確立されていない可能性もあります。

また始まったばかりの手術ですから長期間にわたっての手術後の経過や後遺症の有無についても検討されていないということです。

新聞やテレビで取り上げられたニュースになるような新しい治療法にはそんな危険性が隠れていることにはほとんどの方が気付いていません。
これで自分が、家族や親戚あるいは友人が救われると考える方がほとんどでしょう。
医師は違った見方をしているのです。

その一方で失敗した手術や治療法がニュースで流れるとほとんどの方が「あんな危ない治療はご免こうむりたい」とか「危険な手術だと報道された手術はいやです。」と話されます。

でもほとんどの場合は成功してうまく行くはずの手術や治療法が、極めてまれな失敗や状況で思いもかけないことが起こったの失敗してニュースになったのですから、次回の治療や手術はほとんどうまく行くはずです。
だから失敗がニュースになるような医療行為は、是非、挑戦していただいたほうがよいと医師は考えるのです。

多くの日本人は「モルモットになるのはいやだ」とか「実験的な治療や手術はとても耐え切れない」などとの意見を持たれて欧米で行われるような実験的な治療に賛成していただけません。
このため日本ではなかなか先駆的な医療が開発できないのが現状です。
しかし一度でも成功のニュースが流れると、あの治療法を私にも、あの手術を家族にもと希望が殺到してしまいます。
一度成功すれば二目も三度目も成功すると勝手に信じられる方が多く、逆に失敗のニュースを聞くことで、今後の手術は全て失敗するというように錯覚されるのでしょう。

最近は医療の世界では「根拠に基づく医療」という考え方が主流になりつつあります。

これは、ある一定の条件下でいくつかに区分された患者さんたちのグループにある治療や手術をしたらどの程度よくなったか、あるいは悪くなったかを調査します。
調査研究の結果が報告され公表されることで、一般の医師もその結果に基づいて治療方針を決定し患者さんをより確実によい状態になるように治療ができるようになると考えられ、様々な研究が進められています。

しかし、この研究調査のために偽薬を飲まされる人もいますし、結果が未知で不確かな不安の付きまとう新しい治療を受けざるを得ない患者さんも出てきます。
成功する場合もありますが、運悪く駄目な治療グループに入れられる可能性もありますね。その運の悪い患者さんにあなたが当たったら許せますか?
証拠のある治療根拠のある治療法をしたいという希望があることは認めますが、その治療法を確立するために、危ない橋を渡った多くの人がいる。
あるいはその治療途中で命を失った人が多くいるという現実を認めなければなりません。

今までの場合、欧米の方々の献身的な努力のおかげで、日本では様々な治療や手術の基礎研究を手に入れることができました。
しかし、日本の医学が最先端を走るようになると日本人だけがいわば人体実験とも言えるような先駆的な治療法の研究には参加しないでよいという理由は世界から認められることはありません。

最近の治療では人種による差も明らかになりました。
日本人だけに特有の病気や人種や民族が異なることで薬に対する反応性も異なることがわかってきました。
いよいよ日本人も先駆的な治療法の計画に取り込まれながら病気と向き合う時期がきました。
主治医とよく相談しながら自分の病気に対してどんな治療法を選ぶのか、治療法の光と影を正しく理解して納得のいく健康管理をしてください。
あなたとっての光と影、家族にとっての光と影、医師にとっての光と影どれもが微妙に異なります。
最後はあなたの決断です。ニュースの裏を読みながら新しい治療法や手術を考えてみてください。

東京ビルヂング「カルテの落書き」から

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