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心にうつりゆくそぞろごと
「心にうつりゆくそぞろごとを、そこはかとなく書きまぎらわしたるもの」を紹介しようと思い立ちました。
徒然草のごとく「日くらし硯に向かう」ほど暇ではありませんが、「心にうつりゆくよしなしごと」よいうか「そぞろごと」は、いくつも現れてきます。医学書を作るよりもこの方が人間味のある文になるのではないかと思います。
しばらくは「私の心にうつりゆくそぞろごと」とおつき合い下さい・・・

  第282段:昔話をする世代  

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「診察が目的で初めて伺(うかが)う患者さん宅には、事前に到着の予定の時刻を伝
えておいて、家の敷地に入ったところで声をかけて、どこから家に招きいれられるかを
待ちなさい。
いつも玄関が開くとは限らない。
縁側からどうぞと招かれることもあるからね」と病床に臥(ふ)せった父が話してくれたことがありました。
そんな話を披露しながら、今年も私の診療所で地域医療実習をしている島根大学医学部の学生との会話が弾みます。

江戸時代から医業を営む私の家ならではの話かもしれません。
昔の医者は伝染病など
で死につながる仕事をしていたために、普通の人の扱いは受けられず、玄関から出入り
はさせてもらえなかったようでした。

玄関から送り出す人にはまた帰ってきて下さいという意味があるらしく、病人を診に
来る「あまりおめでたくない人」を玄関から出入りさせないような風習があると教わり
ました。

事実、私自身も二十一世紀になってからの訪問診療で縁側のアルミサッシの引き戸が
開けられ招き入れられたこともありますし、緊急の往診で玄関から家にあがり、帰ろう
とすると自分の靴が新聞紙の上に載せられていることも経験しています。
もちろん私が帰宅後した後、その新聞紙は燃やされ、多分塩をまかれたでしょう。

学生たちに、そんな行為の一つ一つがこの地域の文化だから、それを受け入れて、診
療の本質が変わらなければ地域の風習や伝統・文化を優先する方が大切じゃないかと提
案してみます。

祖父が、昭和二十年代に青原村(現在の津和野町)でいち早く地域型の国民健康保険
制度ができ、誰もが安心して受診できるようになった時に「これでやっと患者も医師もまともな生活ができるようになったと思った、それまではお金も払えない人たちが随分いたし、往診の時には何か食べるものまで持っていった覚えがある」と私が子どもだった昭和三十年代に聞かされました。
この話なども会話の中には出てきます。

「やっぱりこの地域も医師は不足していますか」との学生の問いに「医師不足は日本
中だから、ここだけというわけじゃないのです。
解決策はまったく思いつきません。
いわば病膏肓(こうこう)に入るだね」とため息と共に肩を落として答えるしかありません。

二十代の学生に向けて、五十代の半ば私の口から「昔はねえ…」と言葉が何度も出る
のに気がついて、「昔話をする世代になったのか」と思う今日このごろです。


「いわみ談話室」から

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