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第287段:「気がつけば薬の数が」 |
探し物をしていて引き出しの中をごそごそと探っていたら銀色の時計が見つかりました。
学生時代に東京で買求めた手巻きの腕時計でした。
買った当時には既に自動巻きや電池式クォーツ時計が出回っていましたが、あえて手巻きの機械式時計を買ったのです。
1日1回発条(ぜんまい)を巻き上げないと動かなくなる時計です。
止まっていた時計の龍頭(りゅうず)をゆっくりと巻き上げると懐かしい感覚がよみがえってきました。
カリカリと指先に振動が伝わります。
秒針のない二針の時計ですから動き出したかどうかが分かりません。
そっと時計を耳に当ててみました。
チチチチチという機械音を聞くためですが、音が聞こえません。
「えっだめか?」
実は時計よりも自分の耳の老化を疑い聴力が落ちたと思い「だめか」という言葉が頭を過(よ)ぎったのでした。
機械式の時計の小さな音は簡単な聴力検査の代わりに使えるほどですから、その音が聞こえなくなるまで自分の耳が駄目になったのかと思ったのでした。
なぜか頭を振り、時計の裏側をトントンと軽く指先ではじいてもう一度時計を耳に当てました、呼吸を止めて耳を澄ませると、チチチチチと音が聞こえてきました。
「あっ両方共まともだ」
安堵(あんど)して目的の品物探しの再開となりました。
目当ての品物は見つかりませんでしたが、久しぶりに再会した腕時計に心が弾みます。
お腹(なか)は時計を買った頃よりも随分大きくなりましたが、手首の大きさは変わっていないらしく昔のバンドのままできっちりはまりました。
気分だけは時計を買った当時に若返ってしまいました。
棚に目を向けると三十五ミリフィルムを使用するカメラがあります。
ピントも露出も自分で合わせる一眼レフです。
昔の水銀電池を使用して露出計を動かすタイプ。
既に電池の生産は終了していて最近の電池にアダプターを使わないと作動しなくなっています。
そんなカメラを手に取り写真を撮りに出かけようかと考えていると、埃(ほこり)をかぶったままのLPレコードのプレーヤーの存在に気がつきました。
何年も音を出させるような操作をしていません。
レコートはあるけど、針は交換しない駄目だよな。
どれもこれもアナログ時代の最後の頃の製品です。
私が仕事、仕事、仕事と忙しそうに動き続けていた間にどれもこれも懐かしい機械になってしまっていたのでした。
機械はアナログ時代のものでも手入れや部品交換、アダプター使用などで動きますが体の方はそうはいきません。
大きくなったお腹はメタボを通り越して病気状態に突入しています。
若かったアナログの時代の体に戻そうと考えてみましたが、朝の飲み薬は五錠になっていました。
『いわみ談話室』より