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心にうつりゆくそぞろごと
「心にうつりゆくそぞろごとを、そこはかとなく書きまぎらわしたるもの」を紹介しようと思い立ちました。
徒然草のごとく「日くらし硯に向かう」ほど暇ではありませんが、「心にうつりゆくよしなしごと」よいうか「そぞろごと」は、いくつも現れてきます。医学書を作るよりもこの方が人間味のある文になるのではないかと思います。
しばらくは「私の心にうつりゆくそぞろごと」とおつき合い下さい・・・

  第288段:「敬老の日のプレゼント」  

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隣の市から家族の運転する車に乗って通院してくださる高齢の女性、既に十数年のお付き合いです。
85歳を越えたころ「若い頃には家からここまで来るくらいのことは朝飯前の感じでしたけど、この年になると昔の自分が東京に行くぐらいの準備や気持ちの高まりを持たないと通院できなくなりました。

先生にはまだそんな老人の気持ちはや身体の変化はわからないかもしれませんねえ。
今度は何日に先生の顔を見ようと決めると2・3日前から着物を選び、お風呂でいつもよりていねいに身体を洗って、老いぼれでもお化粧もして、失礼のないようにと思って通院しています」と話されます。

「そんなに気分を高めて来ていただいているのに、こちらが疲れているような顔をしていることがあったりして申し訳ありません」と答えました。

通院が負担になっているのかと思い、家族の方に通院が困難ならご自宅のお近くの先生に紹介しますよとお話しました。

数日後、ご家族から「先日のご提案を話しましたら、母はもう先生が診て下さらないというふうに解釈したらしく『見捨てられたと』落胆していました」と連絡が入りました。改めて真意を説明して通院再開となりました。

次の診察の時には「一ヶ月に一度の診察ですし、まあ私の楽しみですからね。いい言葉が見つかりませんが、ここの診察室に来るのは先生とのデートに出かけるようなものですよ」といわれてしまいました。
年齢相応かそれ以上にたくさんの病気を抱えておられても明るくお話される姿に、私のほうが元気を分けていただくようなあり様です。

身も心も診察の日を目標に整えて受診する、あるいは自宅で訪問診療を待っているという高齢者は少なくないようです。

敬老の日が近づくと高齢者の話題が色々と増えてきます。
元気な高齢者の話題を目にすると、身近な高齢者と比較して「うらやましい限り」と感じ、たくさんの問題を持たれた方の話には「まだまだ大丈夫そう」と一喜一憂されるのではないでしょうか?

年齢を経ると身体の状況は個人差が大きくなります。
若いうちには同年代と同じ程度の状況でも満足されていますが、年を重ねてくると知り合いの中の一番元気な人を標準にしてしまい、「あんなに元気な同級生がいるのに何で自分はこんなに弱ったのか」とひがみっぽくなる方が少なくありません。
「元気な人ばかり見ているからですよ、あなたより弱っている人は、あなたの前にはなかなか出てこないからじゃないですか?」と答えています。

さらに高齢になると「近所で自分より高齢者はいない」とか「同級生が自分以外にいなくなったと」話し始められます。
どうやら話し相手や比較対象の相手がいなくなった証拠です、寂しさも一段と募ってくるのでしょう。
私でよければと聞き役に回ります。
いつもと同じ話がいつもの調子で出てくれば問題なしです。
若い時の自慢の話を聞いてもらえると自分で元気な若い時の自分を呼び戻せるようですね。
今年の敬老の日はお祝いを伝えるよりも自慢話を聞くというプレゼントはいかがですか?

『いわみ談話室』より

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