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第289段:「間合いを探す」 |
電子カルテの画面に向っている私の横顔の変化に話かける瞬間を見つけられたのでしょうか、いつもと違って遠慮がちに「実はー・・・」と話しはじめた患者さん、しっかり受け止めるべき会話の始まりだと私の勘が働くと、先ず気持ちの中で耳を患者さんに傾けて、目の表情を優しく変えたつもりでゆっくりと顔を患者さんの方に向けてゆきます。
「実は子供が私の体のことを心配して、薬を送ってくれていて先生に内緒で飲んでいたのですけど・・・」と申し訳なさそうに話されます。
「あなたのことを心配して色々と考えてくださるのだから良い子供さんを持たれましたねえ・・・」などと答えます。
話が進んで、送られた薬やサプリメント、健康食品などの内容が明らかになり治療に差支えがないことがわかると、ほっと安心されたらしく表情が緩みます。
どうやら医師の私が怒ったり、「ダメッ!」と否定されることが怖かったらしい様子で、何回かの診察の間でも話が切り出せなかったようでした。
「過去のことを否定したり、非難しても変えようがないですから・・・、薬の飲み忘れだって同じで、忘れた分は仕方がないですよね。
運よくここまで新たな病気も出ないで元気で来られたのだから・・・」と話したら、もう一度「実はー・・・」と始まりました。
聞けば私の処方した薬はしばらく飲んでいない。
ここで落胆した表情を読み取られたり、怒りの感情を悟られるとおしまいだと気を取り直して「うん、うん、薬を飲まなくなるのはあなただけじゃなくて、他の方でもちょいちょいあることなのですよ、今日はこの話ができてよかったですね、今までほんとのことが言えなくて苦しんでたのじゃないですか」とニコニコしながら続けます。
医者と患者の付き合いも長くなってくると、何でも話し合えると思っていたのにいつの間にか秘密の話ができてしまった。
今日は話そうとして思って受診をしたけど切り出せなかった、などと様々な打ち明け話も出てきます。
きちんと向き合って話をするのも大切ですが、真正面で向き合っているとなかなか話せないことは少なくありません。
ちょっと目線が外れてお互いの張り詰めた力が抜けた瞬間に「あのー・・・」と話が始まるのです。医師がカルテなどをじっと見ているときには声がかけられないし、けっこう患者の方も気を使っているのですよと言われると返す言葉がありませんでした。
いったん診療が終わって「他に何か聞きたいことやお話はありませんか?」と医師から聞かれても、「はい、それでは・・・」と話すことができなかった病人の時の自分を思い出しました。
「話しておきたい」、「聞いてみたい」と患者も医師もいつも思っているはず。上手に間合いを探しましょう。
『いわみ談話室』より