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心にうつりゆくそぞろごと
「心にうつりゆくそぞろごとを、そこはかとなく書きまぎらわしたるもの」を紹介しようと思い立ちました。
徒然草のごとく「日くらし硯に向かう」ほど暇ではありませんが、「心にうつりゆくよしなしごと」よいうか「そぞろごと」は、いくつも現れてきます。医学書を作るよりもこの方が人間味のある文になるのではないかと思います。
しばらくは「私の心にうつりゆくそぞろごと」とおつき合い下さい・・・

  第306段:「ユー メイ ゴー」  

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「ユー メイ ゴー」という言葉の響きが頭の中に残っています。
昨年11月に和歌山県の高野山大学で開催された「21世紀高野山医療フォーラム」に参加して耳にした言葉でした。

「生と死が手を結ぶ」というワークショップの指導をされた国際コミュニオン学会名誉会長の鈴木秀子先生の口からこの言葉が出てきたときに心のどこかで求めていた言葉だとうれしくなりました。

「薬石効なく、死期が迫り、家族や近親者とも最後のお別れの言葉がすんだら英語ではYou may go.と語りかけ、直訳すれば『あなた行っても良いですよ』ですが、この言葉をそっとかけてこの世からの旅立ちをさせるときに使うのです、ところが日本語では良い訳語がありません・・・」と説明されました。

いつまでも、「死んだらいや」、「もう少し頑張って」と叫び続けられ、苦しそうな表情をされている終末期の患者さんを何度も見ている私には、「あぁやっぱり」と思いだせる場面がたくさんあったからでした。

反対に「長い間ありがとう」とか「よくここまで頑張ったね、楽になってね」というような言葉を聞きながら安らかに息を引き取ったり、ご本人から「さようなら」とか「世話になったね」などと声をかけられて旅立ったという話もいくつか記憶に残っています。

「いつまでも元気でいてね、○○○さん」などという言葉が居室に貼ってあるのを見ると、一体いつまで生きればいいのだろうかと疑問さえわくことがあります。
生きていく先には必ず死がある。
それを無視した言葉のように思えてくるのです。
死という別れは辛いことですし、悲しいことでもありますが、やがては誰もがそれを受け入れなければいけないものです。生きるということの延長線上に死ぬということがあるということを知り、認めようというのもこのフォーラムの目的の一つであると理解しています。

在宅での終末期医療の現場にも高度な医療機器を持ち込む場合もありますが、私は基本的には自分の生きる力で生きていただき、過剰と思えるような医療はできるだけ避けたいと考えています。

しかし、画一的な線引きはできませんから、ご本人や家族と終末期の医療についての話し合いをして、お互いが納得できるように話し合いを持つようにしています。

12月に入り、終末期になった高齢者のお宅に診療に出かけました。
診察をしていると「ユー メイ ゴー」の言葉が頭の中に鮮やかによみがえってきました。

家族と状況についてしばらくお話をした後、私はいったん帰宅しました。
数時間後に、息が切れたとの連絡で再度訪問してみると「先生、苦しまずに逝きましたよ」とのお話でした。

You may go.の英語がどこからか伝わったのでしょうか?


『いわみ談話室』

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