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心にうつりゆくそぞろごと
「心にうつりゆくそぞろごとを、そこはかとなく書きまぎらわしたるもの」を紹介しようと思い立ちました。
徒然草のごとく「日くらし硯に向かう」ほど暇ではありませんが、「心にうつりゆくよしなしごと」よいうか「そぞろごと」は、いくつも現れてきます。医学書を作るよりもこの方が人間味のある文になるのではないかと思います。
しばらくは「私の心にうつりゆくそぞろごと」とおつき合い下さい・・・

  第307段:「悔いが残る」  

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午後の診療が終わり診療所の職員が帰り支度を始めたころ、待合室では患者さんの家族二人が相談に来られ私との面会を待っていました。
私は中々終わらない残務整理に一区切りを付け、面会予定時間の少し前に面談の部屋に案内しました。

「今日は、私の都合で夜のこんな時間を面会時間に指定しましてご迷惑をおかけしましたね、ご相談というのは何でしょうか」、娘さんの方から「実は入院している父のことですが、ほとんど呼び掛けても応えないし、ボーッとしているみたいで、だんだん痩せてきまして、食べ物も喉を越しにくいみたいで・・・、それで、鼻から管で栄養液か流動食のような物を入れるか、みぞおちの下の辺りからお腹に穴を開けてチューブを付けて食べ物を入れるかだと言われています。

それに、あの状態だと家にはとても連れて帰られそうにありません。
どこか別の病院や施設と言われても遠い所ばかりで・・・」と話が始まりだしました。

さまざまな不安を抱えて家族で話し合っても結論は出ないので、入院するまで診療していた私のところに相談に来られたのでした。

ほとんど動けない状態に加えて認知症があり、長年連れ合った伴侶も病気がちで介護も十分にできそうもありません。
子供たちは成人していても遠くに住んでいて、介護のための時間や労力も十分に取れない状態となってしまったようでした。
加えて見聞きはしていたものの自分の力で十分な栄養が取れなくなり、管を使っての栄養補給をするかどうかの選択を入院先から迫られているようです。
さてどうしたものかと一緒に考えることにしました。

私自身の考えをご家族に押し付けることはできません。
私自身が経験した患者さんの思い出話を始めました。
管をつけてよかったと喜ばれた家族の話や、初めはつらい思いをしたが、管をつけずに自然に逝かせて良かったとの感想、家庭で介護や看病をすることにした場合に、近所の方や近親者の意見を尊重しすぎて、結局、本人も家族も望まぬ方向での終末期になられた患者さんの話などを、介護保険のなかった時代と最近の状況とを比較しながら紹介してみました。

結局、期待されたような結論は出ませんでした。
「また、皆さんで話し合って、わからない事があったらご相談に来てください。
急いで結論を出す必要はありません。
大切なご家族の今後のことですから、あなた方が迷う間は待てるものなら待ってもらいましょう。
迷っているということは、どちらの方法にも良い点と悪い点があり、どちらを選んでも同じような悔いが残ると感じられるからですよ」

玄関で二人を見送って、暗くなった外の景色を確認して私は残りの仕事に取り掛かりました。


『いわみ談話室』より

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